これからの臨床研究に求められる統計手法④
このシリーズももう少しです。今回は"自己対照研究"についての説明です。
ある程度統計が分かってきたら、こちらの本を、折を見て複数回読み直すことをお勧めします。自分の統計レベルが上がってから読み直すことで、毎回新たな発見があると思います。
自己対照研究
その名の通り、比較の対照を他人ではなく自分の違う時期に設定する研究デザインです。
自己対照研究デザインは、アウトカムが発生していない人(=比較するための他人)を集めることが困難な状況を、統計的になんとかするために考案されました(これは、アウトカムが発生している人だけを集め発生していない時期と比較する研究デザインですから)。
現在ではリアルワールドデータの普及に伴い、従来の研究デザインと比較して交絡因子の調整に優れることが期待され、研究デザインとして選択されることが増えています。対照が自己なので、背景因子の交絡が少ないためです。とくに時間と共に変化しにくい因子(遺伝や食習慣や業種など)は未測定でも無視できることが自己対照研究の特徴です。しかし時間とともに変化する因子(年齢、内服、若年を対象とした研究であれば出産の有無や運動強度の変化など)は交絡因子になりえます。
“自己対照研究"と"従来の他人との比較研究"を表にするとこんな感じ。
結果の解析については:
ケースクロスオーバーでは、条件付きロジスティック回帰分析(マッチングを考慮したロジスティック回帰分析)を選択して暴露の有無(0,1の2値変数)を比較する、
自己対照ケースシリーズでは、条件付きポアソン回帰分析を選択してアウトカムの発生率(連続変数)を比較することが多い様です。
※復習
連続変数に対する多変量解析として、Cox回帰分析はハザードを扱う(アウトカムが発生していない人が次の瞬間にアウトカムが発生する確率=瞬間速度)、ポアソン回帰分析は発生率を扱う(ある一定期間に発生するアウトカムの確率=平均速度)でした。
ケースクロスオーバーの例:
RQ「ベンゾジアゼピンは交通事故のリスクになる」ということを検討したいと考えたら、
PECOは以下のようになるでしょう;
P 運転手
E ベンゾジアゼピン内服していた期間
C 非内服期間
O 交通事故発生。
ここで従来の方法では、交通事故を起こした人と起こさなかった人で群を分け、それぞれにベンゾジアゼピン内服中の症例が割合を比較することになります。しかしそもそも交通事故を起こす人と起こしやすい人では、遺伝要因、運転する時間帯、業種の違いからの過労の程度、乳児がいることでの睡眠不足など交絡因子は多数です。遺伝要因などは測定すらできません。そこで自己対照研究を用いることで、これらの交絡因子を実質的に無視できるようにします。
具体的には、交通事故発生が水曜日ならその日をケース発生日とし、その過去半年の水曜日をコントロール日とします。そしてそれぞれのベンゾジアゼピン内服の有無を同定します。
自己対照ケースシリーズの例:
RQ「インフルエンザに罹患すると心筋梗塞が増える」ことを検討したいと考えたら、
PECOは以下のようになるでしょう;
P ある期間の鎌倉市の住民
E インフルエンザ罹患
C 非罹患
O 心筋梗塞発生。
従来の方法では、まずインフルエンザに罹患していない人のデータを集めるのが大変です。観察研究ならばオプトアウト方式でホームページなどに掲載すれば、個別の同意書は取らずとも非罹患者のデータは利用できます。しかし、設定した研究期間内でインフルエンザに罹患していない患者さんの数は膨大です。どのようにデータを採取しますか?採取するデータ項目を決めてデータセットを採取するのが大変です!地域または病院ごとのデータベースがあれば、手動でデータを収集する苦労はクリアできます。しかしデータベースでは交絡因子の収集が不足しているかもしれません。
A. データセットが集められたとする。解析は高次元傾向スコアマッチングや操作変数法(これからの臨床研究に必要な統計手法①)が使えそうです。
B. データセットを集めることに難渋する様な場合、自己対照ケースシリーズが選択できます。インフルエンザに罹患した人のデータだけを集めればいいからです。そして、同一人物での比較になりますので、心筋梗塞を発生しやすい交絡因子も揃えられる可能性が高くなります。
具体的には、インフルエンザに罹患した日から1週間をリスク期間に設定し、その前後1年をベース期間に設定します。そしてリスク期間 vs ベース期間で心筋梗塞発生率を比較します。
しかし自己対照研究(ケースクロスオーバーと症例対照ケースシリーズ)には必要な仮定が存在します。この仮定を満たせないと、従来の方法に劣ることになるとされています。
ケースクロスオーバーの仮定:
①暴露が間欠的で、その影響が一過性である(ベンゾジアゼピンは内服していなければ効果が切れる)
②アウトカムの発生が稀、突然発生する、暴露がない期間での発生率は一定(交通事故はこれを満たす)
③暴露のトレンドが、研究対象期間で大きく変化しないこと(完全自動運転モービルが普及し始めたりがないこと)
自己症例ケースシリーズの仮定:
①1回目のアウトカム発生が次のアウトカム発生に影響しない(心筋梗塞の発生自体は次の心筋梗塞のリスクではない。)
②アウトカムの発生がその後の観察期間に影響しないこと(心筋梗塞で死亡したら影響が出てしまう)
③アウトカムの発生がその後の曝露の確率に影響しないこと(心筋梗塞の発生自体はインフルエンザ罹患には影響しにくい)
これらの仮定を満たせない場合にも、対処法を用いて自己対照研究を行える場合があります。それは康永先生の本書で軽く紹介されています。
では、症例対照研究、コホート研究、ケースクロスオーバー、自己症例ケースシリーズの使い分けはどうするのでしょうか?
実は、どれを選択しても結果はほぼ同等になるようです。基本的には、実現可能性だったり、交絡因子やバイアスが最も取り除けそうなデザインを選択することになりそうです。1つの方法で主解析を行い、結果の頑健性(robust)を示すために感度分析として別の方法を用いることもあります。
まとめです。
・自己対照研究は、従来の他人との比較ではなく、同一個人の違う期間で比較する。
・ケースクロスオーバーと自己症例ケースシリーズがある。
・このデザインを選択するために必要な前提がある。
・基本的には、従来の方法でも自己対照研究でも結果は似たものになる。
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